鳴くホタル

  ***

「もうすぐ、ホタルの季節だね」

 今年も廻ってきた、六月。三年前、小さな居酒屋でリョウには内緒でホタル狩りの計画を立てたのが、嘘のようだと、ケイは思った。
 偶然にも、あの時と同じ店。違っているのは、目の前に座っているのがイオリではなく、リョウというだけのことのような気がするが――。

「ああ、もう、三年――だな?」

 リョウは、目の前で寂しげに笑うケイに何と声をかければいいのか、迷う。
 イオリの三回目の命日が近くなってきていた。
 これまでは、ケイに気を遣って彼の話題は避けていたが、そろそろ話題にしても許されると思った。いや、そうでもしなければ、自分自身も前へ進めないような気がしていたのだ。
 そして心を決めて、リョウは間接的にイオリのことを口にした。

「……とうとう、同じ年になっちまったな、俺達」

 しかし、それを聞いたケイの反応は予想――いや期待していたものは違っていた。
 彼女の表情は、「もう三年」ではなく、「まだ三年しか」経っていないことを物語っている。
 言わないほうがよかっただろうか、と一瞬リョウは後悔したが、もう三年もたっているのだからと、自分に言い聞かせる。

「いつまでも、そんな顔してんなよ。……いつまでもお前がそんなんじゃ、――兄貴だって成仏できねぇだろ?」
「……。そんなの、わかってるよ。……でも、頭でわかってても、心がそれを認められない――」

 小さく答えた彼女の声は、堪えてはいたが、自然に涙が混じっていたようだった。
 そう。そんなこと、もうずっと前からわかってる。自分だけが時の流れの中に生きていて、彼の時間はもう止まってしまっていることくらい。でなければ、この喪失感は一体なんだというのだろう?
 もう、手に届かないからだろうか? それとも、自分だけがまだこの世に生きているという罪悪感?
 そのどちらかはわからない。けど、いずれにしても、ケイがイオリを忘れられないのは、事実だった。


 イオリの死は突然だった。
 約束の日の前日、雨の山道でスリップ事故を起こし、崖下へ転落したのだ。
 なぜわざわざ雨の夜にそんな山道を車で走っていたのか――? 誰もが、彼のその行動を疑問に思った。
 しかし、ケイだけはその理由を知っていた。これまで、誰にも言えなかったけれど――。
 彼は、下見に行ったのだ。その翌日、ケイと一緒に行く予定だった穴場のホタル狩りスポットへ。
 翌日は晴れたから、さぞかしたくさんのホタルが見られたことだろう。……イオリが生きていれば――。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

web拍手 by FC2